2016年3月19日土曜日

ぼやき2

今週はバイク乗りたかったなって週末ほど雨。
うまく行かないものです。

いろいろと頭の中を駆け巡る気持ちだったり想いだったりなかなか寝付けない日があります。




洋服=ファッション?
と言う部分。
(あくまでファッションと言う定義がそれぞれ違うかと思いますが)
言葉では洋服は自由だなんて思いつつも、いろいろと歴史を振り返ってみると今でこそ現代で言われているファッションの自由度?みたいなものとはウラハラな気もする。
流行ったら右向け右傾向にあるのではないかと。。。



トラディショナルな正装。スーツにハットといったものとか。
労働の為のワークウェア。Tシャツ、ジーンズといったもの。
たとえばTシャツは、もともと1930年代第一時世界大戦時アメリカ海兵が下着(コブ・シャツ水兵シャツ)
として利用していたと言われていたそうな。
正装とは違い動きやすく、洗えばすぐ乾く。水気、汗をふき取ったり時には白旗になったりなどなど。

そこからスポーツ、レジャーといった層にデザインされたT-Shirtsとして定着した。


第二次世界大戦後陸に上がった水兵達が広めたTシャツが下着からアウターへ用途が変わり労働者達のユニホームとして定着した。
さらに堅苦しい価値観から自由、自己主張を求めた若者のカリスマが映画の中で主張、シンボルとして着用していたという古き良き歴史背景が面白いなと。


たかがTシャツ、されどTシャツ。

歴史背景をさかのぼってみるとスポーツ、レジャーはもちろんですが70年代に入るとヒッピー文化が掲げたLOVE&PIECE運動、パンクス達の自由への主張(このへん結構好きw)
企業広告、運動などにも広く盛んに取り入れられてきた。
現代でもその名残は強くファッション的クリエイションの部分だけではなくそれぞれ好きな音楽アーティストだったり、趣味遊びの世界でも幅広く使われているのがTシャツだとおもう。


要するにこれだけの規模感のある産業(発祥はアメリカだとしても)を見直してより日本らしくクリエイティブの世界でも労働、運動、趣味、遊びといった世界でも活用は出来ないものなのか?活用はされているけど日本国内の雇用(日本人が日本人の為に働くシステム)を含めもっと深めていけないのだろうかと。。。
そういう意味でのファッションは自由は大いに結構だと思う。(某ユニクロさんなんかは既にやっているかと思うが)

日本のモノづくりへの精神。クリエイション創造と創作への意欲をリスペクトと継承したい。

こういう文章だけ書くと堅苦しくなっちゃうけど、単純に自分が置かれている、自分を取り巻く背景を自分だけではなく全体的に考えなくちゃいけない時なんだと強く思っている分けです。

正直自分には何も起こせるパワーはないけど全体が動けばそれはカルチャーとして動くし、自分が儲けたいからやるのではなく本来なら日本の衣類業界を引っ張ってりる大手企業様様に先陣してもらえないもんかなぁと思うくらいw誰でもいいんです実際。
びみょ~な差でしかない品質、組成のタタき合いとかしてる場合じゃないw






アルゼンチンが生んだキューバの英雄の若かりし頃。
兵士のイメージが強いが実は医師。
二十歳のときに自分は何が出来るんだ?と自問自答し自撮りしたそうなw









ではでは。





TOMO